ゲーム依存症は甘えている?「依存症は甘え」の裏に隠された本質的問題

ゲーム依存症。今ではゲーム障害と言ったほうが正しいですね。
つい最近、香川県議会でゲームは一日一時間に制限する条例が可決されたことで話題になりましたね。
香川県だけでなくゲーム依存症対策への検討を始めている他自治体も増えているので全国的に広がっていく可能性があります。
この記事は、今後のために知っておきたい依存症への偏見を少しでも払拭できればと思い書いたものです。
以前「ゲーム障害が正式に疾患になった」という解説をしました。
疾患として扱われるようになったとはいえ「今でもゲーム依存症は甘え」という意見は多く存在します。
今回は「ゲーム障害は甘えで片づけてはいけない理由」と「ゲーム依存に対する不安や疑問」を解説していきます。
ゲーム依存症について 簡単に再確認
ゲーム依存症は、一般向けの表現です。
正確には「ゲーム症/ゲーム障害(Gaming disorder)」と言う精神障害です。
・ゲームの頻度と時間をコントロール出来ず、日常生活に支障が出る
・食事や睡眠などを無視してゲームに没頭する
・健康や仕事に悪影響が出てもゲームがやめられない
この症状が12か月以上続くと「ゲーム障害」と診断されます。
※重度の場合、12か月未満でも診断される
つまり、まともな生活が送れないほどゲームに没頭してしまう病気です。
これだけ見ると「自己管理が出来ずにゲームに熱中する自堕落な人」を想像してしまいそうですね。
自己責任のイメージが強く、精神疾患への偏見が根強く残ってしまっているのが現状です。
私はゲームよくやるけど症状出てないよ?
発症するのは人によります
ゲームをやり過ぎた場合、何も影響がない人とネガティブな影響が出る人の両方が存在します。
これはどういうことなのか?というと…
ゲーム以外の何らかの原因があると言われています。
しかし、現段階ではゲーム障害の実態はわかっていませんし、明確な有病率もわかっていません。
わからないことだらけで全く説得力がないと思いますよね?
そのため、科学的証拠が不十分であると主張する研究者も多く存在します。
しかし、現実で問題を抱えている人たちがいるのは確かです
疾患認定されたことで問題を抱えている人たちが適切な治療が受けやすくなったと言うことができるでしょう。
世間のイメージする依存症=免罪符は間違い
自分のせいなのに病気のせいにするのは甘えだ!
耳にタコが出来るほどよく聞く意見ですね。
その他、依存症や精神疾患へのよくある偏見をあげると次の通りです。
・意思が弱いからやめられないんだ
・自己管理能力が低い自分に甘い人間だ
・自己責任や甘えで解決できると信じられている
・自分には関係がない世界の話だと思い込んでいる
・自分が病気になっていないから他人がなるわけない
「自力で治せる」「時間が解決してくれる」または「自己責任として放置する」と言ったところでしょうか。
このような考えで症状が治るのならば国際的に取り上げられる問題にならずに済んだでしょう。
まず、精神疾患だからと言って、依存する行為が許されるわけでは無いです。
疾患として扱われるのは、疾患と向き合い治療するためです。
治療方法によりますが、基本的に依存する対象から徐々に引き離されていきます。
※もちろんケアをされながらであり、リスクが低い依存対象への移動させることもある
つまり、免罪符とは真逆なのです。
精神疾患を認めて治療をしっかりと受けることが大切
免罪符じゃないのはわかったけど、結局『自己責任』でしょ?
自己責任は問題解決になりません。
よく言う「甘え」という意見は、疾患への治療に何も役立ちません。
乱暴ですが…
依存症の人へ「甘え」と言うのは「助けを求めずに死ね(死ぬ)」と言っているのと同じです。
大げさ過ぎでしょw
言い換えてみれば理由がわかります。
依存症=自己責任のイメージを変えるためにそれぞれ言い換えてみますね。
依存症と言うのは進行性があります。
放置すればどんどん悪化しますし、最悪の場合、肉体的精神的に疲弊して自殺してしまう可能性が高いと言われています。
つまり、死に至るモノです。
また、ゲーム依存症自体は緩和できますし、それに隠された精神障害は治療できるものです。それを「甘え」と責め立てることで悪化し依存していることへのストレスで更に疲弊してしまう。という地獄のような悪循環にとらわれます。
治療せずに自分や周りの人が「甘え」だと勘違いしたまま死んでしまう。
or
死ぬ可能性がある精神疾患を治すために第三者の力を借りる(治療する)
どちらが建設的でしょうか?と聞いたら多くの人が後者と答えるでしょう。
これが「甘え」を「死ね(または死ぬ)」と変換できる理由です。
まず本人と周囲の人たちが『精神障害は治療が必要』と認識することが大切です。
そして、世間の『精神障害=甘え』のイメージを払拭することが解決へ近道です。
ゲーム依存症の本質的な問題
依存症に対して少し怖く表現しすぎましたね。でも依存症がどんなものがイメージできたはずです。
それではゲーム依存症の話に戻しましょう。
『子供がゲーム依存症になりそうで怖い』
そう考えている保護者の方は多いと思います。
ですが、ゲームをやっているからと言ってゲーム依存症になるわけではありません。
前述したように、ゲーム依存症になってしまうタイプの人とならないタイプの人が存在します。これは、学業不振・社会的失敗・人間関係がうまくいかないなどの強いストレスがキッカケだと考えられています。
精神障害を負ってしまう原因はゲーム自体では無いということですね。
じゃあ何が原因なの?
それは個人で違うので何も言えません
原因やゲーム障害の疑いを判断するために医療機関・支援団体へ向かい専門家のアドバイスを受けることをオススメします。
本・雑誌や情報源(この記事を含む)を読んで知った気になって間違った対応をしてしまうよりも専門家の知識と経験のほうが確かです。
また、多くの専門家の意見として
素人判断で無理やり依存対象(ゲーム)を取り上げてはいけないと言われいます。
なぜなら、最悪の場合、命の危険があるからです。
「カッとなって相手を殺してしまった」または「追い詰められて自殺してしまった」という事例が存在します。
命に関わる事件が起きなくとも、人間関係に深い溝が出来ることは間違いありません。
自己を救う手段が一つしかない(依存している)状況で、それを奪われたら当然の結果と言えますね。
ゲーム依存症は、上手くいかない人間関係や社会的失敗などの強いストレスに曝され続けることで発症・悪化するリスクが高まると言われています。
依存症になると色々とうまくいかなかったり、失敗を恐れたり、現実逃避として依存対象にのめり込んでいく、しかし依存症自体がストレスを招くという悪循環に捕らわれます。
その状態から抜け出すことは簡単ではありません。
つまり、依存症になってしまうキッカケを避けるor緩和させることが大切ってことですね。
そのために医療機関・支援団体などの第三者の専門家の手を借りるのは有効な手段です。
家族や身近な人では、反発や親しさ故の甘えで上手く話し合いができないかもしれません。そんな時は、第三者に入ってもらうとお互いに冷静な話し合いが出来るでしょう。
条例のゲーム規制は意味があるのか?
香川県のゲーム依存防止条例の可決に対して疑問視や否定的な意見が多いです。
例えば、社会学や精神医学を専門にしている大阪大学の井出草平講師が科学的な観点から条例を批判する資料を公開しています。
その中で「依存症になりやすい人はゲームを制限したところで他の依存症になる可能性がある」「そもそも精神障害の予防で成功した例はない」と批判しています。
当然、条例で精神疾患が予防できるなら大昔につくられているわけで…
…そんなことよりも、厚生労働省が行っている「依存症の理解を深めるための普及啓発事業」のページを見たり拡散したり広めていく方が建設的です。
基本的な知識・行っているイベント・支援団体へのリンク集などが纏まっていて興味がそそられる間違いなしです。
まとめ
ゲーム障害への偏見と先入観を薄くするお手伝いが出来ればと思い記事を書きましたが参考になったでしょうか。
少しでも依存症に対する興味と理解をしておくと、現在・今後に出会う依存症の人に対する対応が変わると思います。
相手と自分それぞれの為になることなので覚えていてよいでしょう。
参考文献
WHO:Gaming disorder
NRP:Is 'Gaming Disorder’ An Illness? WHO Says Yes, Adding It To Its List Of Diseases
厚生労働省:依存症についてもっと知りたい方へ
厚生労働省:依存症の理解を深めよう
株式会社ヒューマンアルバ:ゲーム依存症って病気?|ゲーム依存症とうつ病の関連性
井出草平:香川県ネット・ゲーム依存症対策条例を考える
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